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建築史学会の発足

建築史学会の発足と「建築史学」の創刊
稲垣榮三
(『建築史学』第1号、1983年10月より)

 建築史学会は本年四月三十日に発足し、漸く機関誌「建築史学」の発刊を迎えることとなった。本会の設立と機関誌の発行とは、長いあいだ関係者の切望したところであり、また実際たくさんの方々の御協力によってこれが実現したのであるから、まずここまで辿りついたことを会員の方々とともに喜びたい。しかし一方、本会に寄せられている期待の大きさや本会を取り巻くさまざまの状況を考えると、身の引き緊まる思いを禁ずることができない。第一号の発刊に当って、これまでの経過を概観し、本会設立の背景と意義について私見を述べることとする。
 本会はいろいろの面で戦前から継続していた「建築史研究会」の跡を継ぐものといってよいであろう。比較的最近までこの会は存続していたのであるから、その経験を基礎として、本会が誕生したといってもおそらく過言でない。戦前の建築史研究会は一九三七年に設立した。機関誌「建築史」の創刊は二年後の一九三九年一月であって、ちょうど会が設立した年に始まったいわゆる日支事変のために、会の中心となって活動していた研究者が相ついで戦場に赴いたのがこの遅れの理由であった。「建築史」第一巻第一号に「本会の成立と機関誌の発刊」という一文があって、それに、「今や第二段の発展をなすべき時期にあり乍ら、却って頗る沈滞の状態にあるのは最も遺憾とするところである。(中略)純粋なる研究団体の結成こそ斯学の発達の必要条件であるといふ信念は年とともに益々強く、遂に昭和十二年五月に建築史研究会を組織」したとある。一九二〇年代の後半から建築史研究者の数も増え、また研究領域も飛躍的に拡がるのであるが、そうした状況のなかにあってかえって「沈滞」を感じた若手研究者たちが、真のアカデミズムをめざして結集したというのが、この会を設立させた動機であった。機関誌「建築史」は隔月刊で順調に発行されていたが、一九四四年、第六巻第四号を出したところでついに休刊となった。戦中の逼迫とそれにもかかわらずこの雑誌をそれまで継続させてきた編集者の冷静さと意気込みが、わずか五十ページのこの最終号から如実にうかがわれる。
 戦後の建築史研究会の復活と機関誌「建築史研究」の発行は、一九五〇年に始まる。この年の五月に謄写版印刷、七〇ページの第一号が発刊された。この発刊の辞に「研究発表機関の状態は経済的事情から不振を極め、建築学会の研究報告はようやく四〇〇〇字足らずの梗概を発表しうるにすぎません」とあるのが、このころの研究者を取り巻く出版事情をよく伝えている。ともかく発表機関を少しでも増やそうというのが、この会の戦後の再興が極めて早かったことの理由として挙げられよう。機関誌は季刊で、八号までは謄写版であったが、九号から文部省研究成果刊行助成金の交付を受けて(一九五二・五三年度)活版刷となり、彰国社から刊行されることとなった。
 その後「建築史研究」ほ彰国社の経済的援助を受けつつ、一九五六年ごろまではともかくも年四冊刊行を順調に続けてきた。しかしそれ以後は季刊の原則が少しずつ崩れていき、やがては大幅な遅れが日常化し、ついに一九七六年四〇号をもって休刊、会の機能もこの時をもって事実上停止した。戦後の「建築史研究」はこうして四半世紀は続いたのであったが、研究発表の方法や出版事情がますます多様化するなかで、この機関誌の役割はついに終了したとみてよいであろう。
 さて今回の建築史学会設立にいたる背景は、これまでの研究会の発足時の状況とくらべて、一層複雑でありさまざまの問題が重層していると感じられる。その第一に、研究の多様化と拡散が現在大きな勢をもって進行しているということがある。建築史の領域のなかでの専門分化がつねに漸進していたことは、これまでの研究史を見れば明らかであるが、現在の状況は従来経験しなかった新しい様相を示していると考えられる。それは過去の建築遺産に対する関心が、単に建築史を専門とする少数の人々を越えて、広汎な拡がりのなかに浸透していることと無関係ではないであろう。歴史的遺産に対する関心は、しかしただちに歴史的方法に対する関心を意味しない。過去の建築が現在の建築と共存し、ともに現代の環境を構成しているという事実が、関心の根源にあるようであって、したがって歴史的遺産を歴史的に捉えるのは方法の一つにすぎず、むしろ共時的存在としての過去を究める方法が、いまさまざまのアプローチと関心をもって試みられているといえるであろう。既存の方法やものの見方に捉われない新しい試みは、研究を飛躍的に発展させるための重要な条件の一つであるから、現在は建築遺産研究のもっともはなばなしい成果を期待できる時期といってよいのかもしれない。
 海外旅行や国際交流が活発になった結果、今まで自国で十分に紹介・研究されていなかった文明についての関心が急速に高まってきたことも、このことと関係があるであろう。日本建築についていえば、私のわずかな経験からいっても、海外から多くの熱い視線が送られているように感じられる。異なる文明圏からの観察・調査・研究は、当然われわれ日本の研究者にとって大きな刺激でありうるし、今後はますます国境を越えた研究の交流とその成果に期待すべきであろうと考える。
 今回建築史学会が発足した背景には、このような研究内容や方法の多様化、研究者や研究情報の国際的交流が進むなかで、一つの核となるような場をつくりたいという願望があったと思う。いまは建築史の領域のなかでさえも、それぞれが専門とする範囲以外のことについては互に無関心すぎる、あるいは情報交換や相互批判が十分でなかったということがいえそうである。いま必要なのは、研究対象を共有しながらさまざまの角度からそれを究明しようとする人たちが、自由に意見を発表・交換・批判し合うことのできるような場をもつことであって、この機関誌が、学界の活性化にいささかなりとも貢献したいというのが学会発足の一つの動機であった。
 もう一つ、建築史学会の設立を促した要望として、建築を専門としない周辺の学問領域との交流を深めたいということがあった。上述のように研究の分化は現在きわめて進んでいて、それぞれの研究者は自分の関心と必要に応じて関係学会に入会している。したがって現在は、分化した状況なりに、周辺領域との接触は保たれているといってよいのであるが、問題は周辺領域が建築史に対して抱く期待や提起される問題に、建築史学全体としての対応が必要なのではないかということである。このことはさし当って次の二つの局面で考えられると思う。一つは建築史・民族学・考古学等々の従来の専門領域を越えて、ひとくちに文化史と呼んでよいような大きな枠組のなかで、相互に成果を交換しあい共通の認識に到達しょうという澎湃たる動きが現われ始めていることである。文化あるいは文明の起源、伝播、展開が論じられる場合、建築はつねにその重要な指標の一つであった。このような枠組のなかでは、建築は想像力の産物として評価されるだけでなく、人間の生活のさまざまの側面が反映したものとして読み取られる。そして、人間の生き方の基本の問題としての住、集合、都市、空間、環境、技術などの視角から建築が位置づけられる。少なくとも現在、建築遺産の歴史的解析は決して建築史学固有の領域ではなくなったということができるであろう。
 もう一つはそれと対蹠的に、より小さな、地域史、地域的環境、地域文化のなかでの建築の捉え直しが各地で進行していることがある。それはたとえば、歴史的環境の見直しや歴史的街区保存などの実践的活動のなかで主として進められていて、そうした実践のなかでは最初から建築ないし建築史だけが孤立しえないような状況がつくられている。そして同時に、このような活動が個別性と具体性をつねに保ちつつ進められながら、実は問題性の基礎の部分でほ、極めて広汎で普遍的な拡がりが共有されていることを忘れてはならないであろう。
 さて現在、建築史学を取り巻く状況ほ激しく動いており、上述したのはその一端にすぎない。建築史が最終的に建築の創造に貢献するというこれまでの暗黙の了解だけでは、この学問の存在理由や状況を説明するのに必ずしも十分ではなくなった。その目標自身が拡散しつつあり、より大きな展望のなかでそれぞれの仕事の意義が問われ、また可能性を育てていかなくてはならないような時代を迎えたといえよう。
 本会の存在ならびにこの機関誌が、このような状況のなかで有意義な貢献を果しうるよう、会員各位の御協力と御鞭達をお願いしたい。
(いながき えいぞう 東京大学工学部)